5月3日 忘れがたき御巣鷹慰霊の旅1

  7時過ぎ 諏訪出発。午後から弱い雨の予報。前日、諏訪から美ヶ原高原美術館まで40km以上あるのがわかったので急ぐ。一時間で美術館到着。美術館に近いヴィーナスラインはよく整備されている。とにかく黄砂が残念。

  その後、ナビの言うままヴィーナスラインから林道を下ったり、ナビまかせで色々苦労。どこをどう走ったかわからないがとにかく十石峠に向かう。酷道とは知らなかった。それでもなんとか10時半頃、慰霊の園到着。静謐な祈りの空気に包まれている。資料館や管理棟もあり、よく整備されている。

  駐車している車は多いが、それだけの数の参拝者はいない模様。どうも村の人かすぐ下のお寺の参拝者か。それでも途切れることなく参拝者がある。身元不明の遺体は市町村が責任を持つという規定によって、上野村で遺骨が安置されることになった。二本のモニュメントの正面から8km先に御巣鷹の尾根があるという。モニュメントの後ろが納骨室。
詳しくは「上野村村長・黒澤丈夫さんのお話(平成12年12月5日「NHKラジオ深夜便 心の時代」より)」 http://www.goennet.ne.jp/~hohri/n-takeo.htm

  お参りした後にナビ任せで山に向かうが、途中でダート。事前に調べた道と全然違っているので、Uターンして地図を確認。R299にちゃんとした「御巣鷹の尾根」の誘導がある。ダムまではかなり整備された道。トンネルがいくつかあるが、一部は曲がりくねっていて、最近ではおなじみの「節電のため減灯」。しかも反射板が少なく、泥で汚れているらしく少し怖い。ダムから先は落石、落ち葉・枝が多く、少しましな険道状態。

  11:45頃、旧登山口到着。登山口は閉鎖されているし、その向こうには立木が道をふさいでいるので迷うが、意を決して準備を始める。準備が終わった頃、登山口手前を左に上ってゆくきれいな道から2台の車がおりてきて1台が駐車場に止まったので訊ねてみる。

  左の道が新しい登山口への道だと教えてもらい、そちらに向かう。かなりの登り。ほどなく到着。駐車場もアスファルトでよく整備されている。登山道は約2kmから800mに短縮。しかし、あなどれない急斜面。登山道は機体後部が落下したスゲノ沢を登ってゆく。ハアハア言いながら登ってゆくとほどなく墓標などが目に入ってくる。記号などで位置がわかるようになっている。
9f7c4bc5.jpg
  事故現場一帯は想像以上の急斜面。救助関係者の方々の苦労がうかがえる。そして、その広がりに事故の惨状がうかがえる。ひとつひとつお参りしていると昇魂の碑まで中々たどり着けそうにない。斜面は本当にきつく、遺族のお参りも難しいのがわかる。お参りしているうちに胸に迫ってきて涙が出そうになる。

  時間がかかったがやっと昇魂の碑に到着。途中で出会った高齢の男性2名の一人は被害者の中に同姓同名の方がいたため、当時、死んだと思われ大騒ぎになったのと義理の親族が慰霊祭での演奏に関わっているので、中高時代の同級生と来たという。その人から25周年で事故を特集した「グラフぐんま」のカラーコピーをもらう。

  昇魂の碑の後ろの尾根にも墓標が広がっている。祈りの小屋のようなものがある。出たところで若い女性から遺族かと聞かれる。その人も関係者ではなく、聞いてみると事故は生まれる前のことなので勉強だという。別れて、お参りをしながら機体前部が落下したという北側の沢すじを探す。「至 日航の頭」とあるので少し登ってみるが獣道のようで、どうもおかしい。

  後から登ってきた先ほどの女性とどうするか迷っていると登山者が降りてきた。聞いてみると日航の頭(かしら)まで1時間ぐらいかかるという。大きな立木が燃えた跡があるという。その女性も迷っていたがお互い時間的に無理ということで断念。帰宅後調べると「日航の頭」は事故とは関係ないようだ。少し戻って降りてゆくと奥に墓標群を発見。これもとても一つ一つお参りできない数と広がりだ。