唯物的思想は自分に越えられない壁を設定すること。
小さなコップのような世界で浮き沈みを経験し、ふんぞり返ったり、小さくなったり。

神仏を信じることは宇宙大に生きること。奈良の大仏さんより大きな可能性を生きること。

"When You Believe"
There can be miracles, when you believe
Though hope is frail, it's hard to kill
Who knows what miracles you can achieve
When you believe, somehow you will
You will when you believe

信じていない人もモーゼの奇跡を見たはずなのだが、信じない人には「ない」ことになる。
「低線量被爆の影響はほとんどない」と信じている人と同じ。

私たちは今、大きな海を渡っている。
苦しみ渦巻く蜘蛛の糸の世界から、幸せの彼岸に渡っている。人類の悲願を生きている。

いったい、どれだけの人々が苦悩に涙し、神を仏を仏陀を菩薩・地蔵、モーゼ、キリストを奇跡の聖人を求めただろう。

幾多の人々の血と汗、苦悩、救いを求める声が光に結晶してゆく。
海を渡ればそこは The land flowing with milk and honey.

物質世界だけを信じるために物だけにすがりつき、その場その場の善、自利優先の善を生きてゆく。そこはカンダタの世界。

約束の地で生きている人、約3万人。その地に近いうちにたどり着く人(個人的憶測)約10万人。見えない糸ははりめぐらされている。

我々は決して越えられないと思っている海を渡っている。

梵天勧請---悟りを開いたブッダは自らの悟りを人々に説くこと、広めることは不可能と判断した。

不可能、決して起こらないはずのことが起きた。
これをこの世では奇蹟と呼ぶ。
我々の生きる世界は奇蹟の世界。本当は滅びていたはずの世界。